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10 無題

80年代後半、インターネットがまだ一部研究者の実験的ネットワークだったころ、WEBの仕組は存在せずニュースグループという掲示板のようなもので公開情報のやり取りをしていた。

1989年初夏。その情報は台湾から複数のニュースグループに発信され、私のところにも流れて来た。「北京の同志から次のようなFAXが送られてきた。この情報を全世界に知らせてくれ。」という書き出しで、あの事件の模様が詳しく書かれていた。北京の発信者は命をかけてFAX送信したと思う。

そのとき既に世界の人々は事件のとこはテレビを通じて詳しく知っていた。北京ホテル屋上からのカメラでライブに近い映像も見ていたわけだが、マスコミを通さない生の情報はたとえそれが画像でなく文字情報であったにしろ迫力があった。

今年 6月4日。あれから15年。私は北京空港に向かって高速を移動していた。
なぜか北京市内に向かう対向車に武警の装甲車が多いなーと、その日が何の日か気付かずにいた。日本に着いて、あの事件の日だったことを思い出した。しかしこの事件、中国国内ではあまり知られていないことになっている。ある程度のことを知っていても現在の中国の人々は事件を忘れたがっている。それが5000年の人民の生きる知恵なのか。

今年、鄧小平さんの生誕100周年ということで、中国のメディアは一斉にキャンペーンを張っている。
北京放送局
中央電視台
いまさらなぜ?というくらい目立つ。理由はいろんなHPで推測されているので調べてほしいが、今日の中国の物質的繁栄の元となる改革開放路線をひき「先に上に行けるものから上に行け」と人民を活性化したのが鄧小平さん。しかし一方、あの日、軍に命令した最高権力者も鄧小平さん。
為政者の考えと行動は理解不能。高所大所から考えるからなのか、それとも個人はいい人でもそれら複数の個人が組織となって活動するとき組織の性格が残虐になるのか。考えさせられる。

ちなみに最近の米国はもっとひどいな。

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